掃き溜めの落書き

赴くままの連辞

ヴァニタス

 お久しぶりです.

 どうせ当たるはずのない奨学金の書類をたらたら書いていたら日が過ぎていた.自分がどう考えているのかを思い詰めて文章に出力しようとしても,自分の中には空虚があるだけで,だんだん病み始める.この趣旨の文言を前にも書いたかもしれない.でも大事なことなので,何回でも書く.書類を書くのは辛い.そのうち書く(であろう)エントリーシートにも,自分の表層的なことを並べた後に,余白を埋めるための搾りかす的駄文を書き付けることになるのだと思う.その搾りかすを見て面接官が「味気がない」と言う.書類審査で落とされる.無職になる.ハローワークもお手上げな廃人が出来上がる.借金をする.賭ける.負ける.破産.お先真っ暗にしか感じられない.

 でも,楽しいこともある.代数幾何が嫌で逃げたのに,代数幾何をやる必要が出てきた.新しくやるべきことがあればそれを考えれば気が紛れるし,新しいことがわかるようになるのは楽しいので,差し当たっては病まなそうである.院生万歳.こういう短期的な楽観的な視点しか持てないのも,学生のご身分の特権だと思う.

 Kindleのストアを眺めていると,読みたいな〜と思う本が50%オフで売られているのが目に入り,つい買ってしまう.『三体』5冊あるうちの2冊はまだ読み終わっていないのに,つい別の小説を買ってしまう.ネットでも積読している.

ここにいてはいけない

 知り合いが引っ越した.いい加減早く地元を出るべきだなと思いつつも,きっかけを持つことができないまま今に至る.都内から帰る時に,毎度「この電車に乗っている時間をもう少し自分のために使えないものか」と思う.有意義な時間の使い方でなくてもいい.電車に詰め込まれるストレスを避けたい.最近は電子書籍で本を読むことが多いが,ほぼ毎日「通学の時間」という訳のわからないコストが生じていることに対する怒りを抑えることができない.

 地元は嫌いだし,地元にとどまっている自分も嫌いだし,地元から電車を乗る時間も,あるいは電車で地元に帰ってくる時間も,その全てに腹が立つ.大学院生という身分に甘んじていながら,自分のやることなすことのことごとくに腹を立てて,周りと自分を比較して劣等感を抱くことしかできない自分にも腹が立つ.数学科の院生は大抵メンタルをやられる,と言っているのを聞くけど,これもその一端なのかもしれない.一旦片っ端からインターンに申し込んで心を折ってみてもいいのかもしれない.

 最近,塊根植物を買った.日に当てると,葉っぱが伸びてくる.そのインタラクションが,なんとも言えない幸福感を与えてくれる.おすすめです.

 YouTubeで塊根植物の剪定の動画を見ると,そんなに切っても大丈夫なのか,という状態から力強く芽を出す様子を見ることができる.うちにお迎えした子もそのポテンシャルがあるのかもしれないので,そのレジリエンスをどのように獲得するのがいいのかという相談をしている.返答は無言である.自分の力強さを参考にしろと無言で教えてくれている.

波がある

 駄文です.

 最近不調である.不調といっても長続きする停滞型の不調なのではなくて,「脆弱」と言った方が正しい気がする.脆いのである.ニュースを見ていると戦争をしていて,ネットサーフィンをしているとすごく裕福な人の自慢げな投稿がサジェストされる.そういう情報は一回見ただけではほんのかすり傷で済むのだが,複数回見ていると,あるいは夜の深い時間に見ると,加速度的にダメージの量が増える.かくしてあえなく病む.これはいつまで続くのだろうか?

 そのうち研究集会があって,何日かあまり親しくない人と場所を共有する羽目になる.自分はめっぽう内向的な人間で,毎日1時間くらいは最低でも自分だけの時間を確保しておきたいと思っているから,この集会は非常に不安である.高校生の時に(あまり馴染んでいない状態で)数学研究部の合宿なるものに行ったのだが,死ぬほど辛かったことを覚えている.いても楽しくないし,一人の時間もない.その経験と集会がオーバーラップして,メンタルを攻撃してくる.

 森見登美彦『恋文の技術』を読んだ.二回目.いい本は何回読んでもいい本であることを学んだ.Amazonでセールをしていたので森見登美彦『夜行』を買った.現実のことを考えずにいられる時間を大事にしたい.

形骸化

 コミュニケーションは,本来自分の考えていることを相手に伝えるという,コミュニケーションという目的そのもので発展していったものだと思う.それが今時はSNSができたせいで,コミュニケーションという目的よりも返信の速さとか,「返信した」という既成事実とか,そういう内容以外の部分が重視されるようになって,相対的にかれこれ深く考えることなく適当に返事をする,ということが多くなった.例えば,相手の考えに「わかる」と一言だけ返すというのはよくあると思う.これは不親切だと思う.同意するにしてもどのあたりに深く同意するとか,この辺は少し同意できないとか,そういうバリエーションが存在するはずなのに,それを抹殺して,あなたのアイデアに一様に同意しています,というのはいい加減すぎると思う.もちろん相手がこちらと会話することにあまり前向きでなかったら,それは仕方ないとは思うが.

 会話を維持するために会話をして,本来あった意思の疎通という目的が失われた.Twitterとかでも,大半の人はリプライなんかしなくて,適当なリアクションをしてスクロールして終わりである.流行りに乗っているという自覚が大事なのであって,そこには感情の機微なんか考えるゆとりなんかなくて,二元論でいいか悪いか決めて,指を動かして,それを自分の思いとして上書き保存している.とりあえずリアクションをして,そうするといつしか良いか悪いかということにしか頭を使えなくなって,その理由を考えることもなくなる.何となく自分が好きなものを良いと思い込んで,そうでないものを悪いと決めつけて拒絶する.

 変わるがわる出現する新しい概念を受け入れられない自分がいる自覚があるが,新しい概念を理解しようという歩み寄りを面倒くさがり始めたら終わりだと思っている.色々考えたことを自分なりに整理するためにも,このブログを書いている.

 この文章は「わかる」というLINEの短い返信を目にした時に,心に生じた違和感が発端になっている.

卒業して,進学する

 卒業式に出た.午前中の,いくつかの学部をまとめてやるフェスみたいな卒業式は,出る価値が一切なかった.自分が大学に思い入れがないのに加えて,なんというか,ありふれていて,当たり障りのないことばかり喋っていてつまらなかった.一般人も視聴できる環境にあったから仕方ない部分もあるのだと思う.自分の大学に歌があることをその場で初めて知った.

 翻って,午後の学位記授与式は,忖度のない話(この大学は改革が失敗し続けている,とか)で,非常に好感を持てるスピーチだった.数学科は似たような感性の人間が集まるっぽいから,スピーチがいいと思った,というのは至極当然な感想ではある.その後学部が寿司を出してくれて,タダで飯だの酒だの飲み食いできたのはもっと良かった.修士以降は午前中のやつは出なくてもいいのかもな,と思った.家族がうるさいと思うが.

 自分がつく教授にも面談してもらった.数学科にはコアタイムが(多分基本的に)ないから,知り合いの実験系の人と比べて圧倒的に気楽だなとは思った.M2の夏までに自分の課題が見つかれば上出来じゃないですか,と言われたので,それより早く課題を見つけてやりたいと思った.M1は死ぬ気で勉強する気でいる.でもそれとは別に,M2で卒業するならもう就活を始めないとまずいらしいということもなんとなく言われているようで,うんざりしている.

 自分はD進かなとかうっすら思っていたところで,将来結婚することがあるとして,そしてそのためには安定した職業についていることが前提であるとするなら,D進という選択肢はあまりいい選択ではないのでは,という懸念がカットインしてきて,かなり意気消沈している.自分が死ぬ時に後悔しないような生き方をしたいと心がけてきたが,行くも地獄,戻るも地獄の分岐点に立っているような気分になっている.

 色々頑張ります.

リセット

 自分は関係が終わったと思っていても,相手はそう思っていないケースがある.8年前くらいに辞めた塾の先生から電話がかかってきて,いついつに食事会するから来いよ,と言われた.その日はアルバイトである旨を伝えると,そんなの休め,3月だから塾も暇だろ,と言われた.明日までに判断しなくてはいけない.塾を休むなら塾に言わないといけないし,食事会を休むならそれを頑張って伝えないといけない.こんな板挟みになるためにアルバイトをしているわけではない.

 この類の日程調整が本当に嫌いである(好きな人なんかいないと思うが).思ったことを箇条書きにまとめると:

  • 塾の優先度の度合いを全く考慮せずに「そんなの休め」はいくらなんでも失礼ではないか?
  • 比較的多い人数が集まる会合に出向いて,その中に特に仲の良い人がいるケースを除いて,楽しかったことがない
  • この誘いを断ったとしたら,また別の日程調整をさせられるのではないか.周りが就職するタイミングで一回顔を出すことによって,しばらく誘われずに済むなら,出たほうが楽な気がする
  • 塾の休みにくい環境をどうにかしろ
  • そもそもどんな理由でまだアルバイトをしている? なんかの間違いで奨学金が通ってくれれば,やめられるかもしれない
  • だとしても,アルバイトを辞めるというのを伝えるのも骨が折れる
  • やっぱり冒頭の発言は失礼だと思う.腹が立ってきた
  • 国外に留学していたらこうはなってない.アメリカに行く選択肢を潰した大統領を許せない
  • コミュニティが存在しているからいけない.革命を起こすしかない
  • 自分が社会的に存在しているからいけない.必要ない関係を全て絶ちたい

 うわごとがすぎる発言ばっかりで恐縮である.どうも人付き合いというものの管理と維持が苦手で,疲れてしまう.自分が存在を許容されている領域とか身分の中には,基本的には誰も入ってきてほしくなくて,それが急に予定は空いてますかバイトなんか休んでください(あなたはアルバイトよりもこちらを優先すべきです)とずけずけと言われるのは,やっぱりいい気がしない.腹が立つ.

ウダウダと

 レポートとか色々立て込んでいて,今になってしまった.

 小笠原に行く気満々だったのだが,ウダウダしている間に2月になり,予約を取ろうとしても後の祭り,宿が埋まっていた.これで完全に心が折れて,代替案として和歌山に行ってコウテイペンギンを見るとか考えてみたりもしているが,確定はしていない.毎週確定で存在するアルバイトを休む行為というのは,想像以上に精神的に負担だし,休みを取るという行為を行わない限り予定を立てられないから,結局旅行に行かなくていいのでは,という結論になりがちである.この予定が結実する日は来るだろうか?

 ちまちま数学をしたりしているだけで春休みが終わりそうなので,どこかに行こうと思って小石川植物園に行った.植物園とはあるけど目当ては鳥見で,カワセミをちゃんと間近でみられたので,良かった.オスのカワセミだった.ヤマガラもいて,ちゃんと存在する種なんだなと感じたのだった.